日曜は法事だった。

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と、いっても非常に珍しいことに父方の祖父と祖母の法事だ。
父方の祖父と祖母は早く亡くなってしまったので、実は会ったことがない。早く亡くなってしまったが故に、父方の方に関する法事とか、親戚一同が集まりそうな、墓参り以外のそういう行事とは無縁の生活をしてきた。

思い起こせば、あれは母方の祖父の四十九日の時だった。
仏壇にある木でできた位牌、「白木の位牌」を黒い位牌である「本位牌」に取り替えたときのこと。ふと母親が親父に向かって「そーいえば、あんたの実家って位牌が木じゃなかったっけ!?」と、言い出し、実に20数年以上も位牌を取り替えてなかったことが発覚する。その後、急遽色々と段取りをしてこの前の日曜日に至る。

お寺(父方の方のお寺は初めて行った。どうやら住職が親父の同級生らしい。)で無事本位牌をもらい、墓参りへ。お墓の方は随分と綺麗になっていた。親戚の方がかなり念入りに掃除をしてくれたらしい。

その後、従兄弟と一緒にご飯を食べ、自宅へ。


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全く関係のない話になるが、親父はあまり自分の家系がどういうものなのか興味がないらしく、あんまりそーゆうことは祖父と話したことがないらしい。従って自分は(父方の方に関して言うと)祖父の代より前のご先祖がどういう人だったのか全く分からない。実に残念なことだ。墓地に結構同じ名字のお墓があるので親族は多いのかもしれない。ということぐらいしかわからない。

実は祖父と祖母の生前の写真を初めて見たのも20を過ぎてからだったりする。親父が急に写真をどこからか取りだして見せてくれたのだ。他にも祖父が満州で戦車の主砲にまたがってる写真もあったらしいが、どっかにいってしまったらしい。もったいない。その後、祖父はソ連軍によってシベリア抑留に遭う。その後なんとか帰国を果たし、地元で税理士として働いたらしい。話を聞くとすごいバイタリティの持ち主だったようだ。親父が未だにジムに通い続けるほど運動好きなのも分かる気がする。自分だけどうしてひ弱なんだかサッパリ分かりません( ´-ω-) 周りは母方の祖父の遺伝だと言うが。

母方の方に関しては祖父の兄弟が全員健在なので色々楽しい話が未だに聞ける。江戸時代ぐらいまでなら遡れる。どうやら母方の方に関しては祖父も祖母も士族の血筋だそうな。お侍さんですか。自分だけどうしてひ弱なんだかサ(ry
戦時中の話も結構スリリングだ。どうやら昔の自宅に焼夷弾が突き刺さったらしい。「あんとき、焼夷弾が破裂してたらみんな死んでたなぁ」と笑いながら話してるんだからすごいもんだ。

えー、で、結局何が言いたいのかというと、自分は今こうしてのほほんと生きてるわけだけれども、上記のような話を聞くと、ものすごい偶然の積み重ねの結果の上で生きてるんだなぁと改めて思うわけです。せっかく生きているのだから日々をもっともっと有意義に過ごしていきたいと思う。

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このページは、Lyoが2007年6月 5日 23:51に書いたブログ記事です。

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